うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

恋ゆえに鬼になった女〜能「鉄輪」

国立能楽堂で、五月 普及公演を見てきました。

狂言 樋の酒(大蔵流)と能 鉄輪(金春流)です。
 
f:id:utakatax:20160514215012j:image
 
狂言「樋の酒」は、主人の留守中に悪さができないよう、別々の蔵に閉じ込められた太郎冠者と次郎冠者が、協力してお酒を飲んで楽しむお話です。
お酒を飲んでいい気分になって、歌ったり踊ったりしているところに主人が帰ってきて、最後にはやっぱり懲らしめられてしまうのですが…。
 
そして、能「鉄輪」は自分を捨てて、新しい妻を迎えた夫に復讐するため、貴船神社に丑の刻参りをして鬼になった女のお話。
「自分を裏切った夫に、罪の報いを受けさせたい」と女が丑の刻参りを繰り返し、願いが聞き届けられたその結末は、自らが鬼になって夫と新妻のところへ恨みをはらしにいく、ということでした。
一方、夫は日頃の夢見が悪いことを陰陽師安倍晴明に相談に行きます。
元妻の呪いのせいで今日限りの命と知り、晴明に祈祷を頼みます。
いざ、恨みをはらそうと、鬼になった女が夫にうちかかろうとすると、晴明が用意していた御幣から三十番神が現れて神力を奪ってしまったので、男の命を奪うことができず、「ここはひとまず引き下がろう」との言葉を残して、女は見えなくなってしまうのでした。
 
この女性、夫への恨みをはらしたいと、願かけのために下京から貴船神社まで、10数キロの道のりを真夜中にたった一人で何度も通うのです。
そしてようやく神様に願いが聞き届けられるのですが、ご神託で「頭に三つ足の鉄輪(今でいう五徳)を乗せ、足先に蝋燭を立てて火を灯し、顔を赤く塗って、赤い着物を着、怒れる心を持てば鬼になれる」と言われます。
一瞬ためらったのち、その言葉の通りにしようと決心して鬼になるのですが、神様のこの要求、なかなかな内容。
このすべてを実行できるだけでも、彼女の恨みの深さ、凄まじさがわかります…。
 
でも、それもこれも、夫のことが大好き大好きでたまらないという恋心から。
その恋が裏切られたことによって一転、憎しみや恨みに変わり、積もり積もってついには鬼になってしまう。
本当に好きだったからこそ、憎しみや恨みに変わるとより一層激しいんですよね。
 
恨みつらみを述べるだけではなく、「結婚したばかりのころ、二人の仲は永遠だと思っていたのに」とか「恋しく、だからこそまた恨めしくもある」など、好きな男を一心に思う可愛らしい女心をちらりとのぞかせるので、ただ恐ろしい、怖いだけではなく、哀しくもあります。
 
赤という色や、蝋燭の炎、蛍火など、熱、それも尋常でないほどの熱をイメージさせるものが詞章のあちこち散りばめられていて印象的でした。
熱はエネルギーで、命そのもの。
生きていくうえでなくてはならないものですが、あまりにも過剰すぎると、それはそれで苦しいのかもしれません。
 
★Information
 
国立能楽堂五月公演 普及公演
解説・能楽あんない 京都から読み解く「鉄輪」の世界
浅見和彦(成蹊大学名誉教授)
 
狂言大蔵流】 樋の酒
シテ/太郎冠者 茂山あきら
アド/主 茂山宗彦
アド/太郎冠者 茂山千三郎
 
能【金春流】 鉄輪
前シテ/女 後シテ/女の生霊 本田光洋
ワキ/安倍晴明 大日方寛
ワキツレ/男 御厨誠吾
アイ/社人 松本薫
笛 森田保美
小鼓 荒木建作
大鼓 佃良勝
太鼓 大川典良
後見 横山紳一、本田芳樹
地謡 中村一路、山井綱雄、本田布由樹、髙橋忍、中村昌弘、辻井八郎、後藤和也、井上貴覚