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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

理想と現実の間で揺れる女心〜籠釣瓶花街酔醒 at 歌舞伎座

演劇
2月の歌舞伎座
夜の部、二、「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」を幕見しました。
よくできた台本なので何度観ても面白く、吉原の華やかな雰囲気も楽しめて大好きな演目。

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【配役】
佐野次郎左衛門:中村吉右衛門
兵庫屋八ツ橋:尾上菊之助
下男治六:中田又五郎
兵庫屋九重:中村梅枝
同 九重:坂東新悟
同 初菊:中村米吉
遣手お辰:中村歌女之丞
絹商人丹兵衛:嵐橘三郎
釣鐘権八:坂東彌十郎
立花屋女房おきつ:中村魁春
繁山栄之丞:尾上菊五郎

【あらすじ】
上州佐野の絹商人、次郎左衛門は、真面目で商売熱心な男。
ある日、観光気分で訪れた吉原仲之町で偶然見かけた花魁八ツ橋に一目惚れ。
彼女目当てにお店に通い詰め、ついには身請け話が出るほどまでになります。
ところが八ツ橋は間夫(遊女の愛人のこと)の栄之丞から次郎左衛門と縁を切るように迫られ、みんなの前で次郎左衛門に愛想尽かしをします。
花魁の仕打ちに打ちひしがれ、傷心のまま吉原を後にし、故郷の佐野に戻る次郎左衛門。
しかし、その4ヶ月後、また吉原にやってきて…。


次郎左衛門、田舎者というのに加え、顔一面にあばたがあるというコンプレックスを抱えています。
吉右衛門さんの次郎左衛門は、コンプレックスを抱えているがゆえに、常に"いい人"としてふるまっているところからの、ぷっつんしちゃう芝居がすごかったです。
本当に最後の場面までは我慢、我慢、我慢の連続。
どんなに理不尽な目にあっても、「まあまあまあ」と穏やかにやり過ごしてしまう。
それもこれも「自分はこんなに醜いあばた面だから、人に好かれる訳がない…」という、深〜い深〜いコンプレックスから。
ま、実際、惚れに惚れてる八ツ橋も金の力で買ってる女ですし。

とにかく人にへりくだって波風立てないことで仕事はうまくいっているようなのですが、吉原という男を見せる場所ですら、太鼓持ち相手にまで気を損ねさせないように下手にふるまうんですね。
それが見ていて痛々しいし、ときどきイラっとさせられる。
「表ではへりくだってるけど、本当はそんなこと、思ってないんでしょう?」と悪態をついてわざと怒らせてみたくなるお人。
本当は相当プライドが高い人なんだろうなと感じられるんです。

ずーっと心の奥に秘めていた鬱屈が、八ツ橋の愛想尽かしを経て一気に爆発する場面は、次郎左衛門の中に巣食う大きな虚無を見るようで、薄ら寒くなりました。
なんか、救いがないのです、吉右衛門さんの次郎左衛門は。

そして、次郎左衛門に惚れられる遊女・八ツ橋の菊之助さん。
美しかった〜。
立役よりも女形の菊之助さんのほうがだんぜん魅力的ですね。
クールビューティで、まさに夢のような女である前半から、間夫の栄之丞に愛想尽かしを迫られて、もうここで断らなかったら後には引けなくなる、という土壇場での愛想尽かし。
「わっちは廓づとめがつくづく、やんなった」と半ば叫ぶように吐きすてる場面は、"切れば血が出る生身の女なんだなぁ"としみじみ思わされ、可哀想になりました。
愛想尽かしの場面は、歌舞伎座全体にぴーんと張り詰めた空気が漂っていて、場が文字どおり凍っていました。
あんなにピリピリと緊迫した雰囲気は、これまで味わったことがありません。

で、このギリギリまで引っ張って愛想尽かしする八ツ橋の本心。
台本には理由がはっきりと書かれていない。
ここにそれぞれの役者の持ち味や解釈が加わって、どのようにでも見えるのが「籠釣瓶〜」の芝居の面白いところ。
今回は間夫の栄之丞を演じる菊五郎さんがそこまで男の色気ムンムンというわけではなく(そう感じられる方ももしかしたらおられるかも…?)、吉右衛門さんの次郎左衛門も「見た目がちょっと…」ですが、根はいい人そうだし、決して悪い人ではない、という絶妙のバランス。
菊之助さんの八ツ橋は、登場場面こそクールビューティではあるものの、すべてがクールに割り切れている訳ではない、感情的になるところもある人間味溢れる女性という印象。

男としては栄之丞の方が魅力的だし、好きなんだけど、彼と一緒ではいつまで経っても廓暮らしから抜けられないし、権八という面倒臭いやつに金をたかられる日々が続く。
でも、次郎左衛門ならいい人すぎてしまって男としての魅力には欠けるけど、好きなようにさせてくれるし、なによりお金を持っている。
うまくいけば、身請け話が進んで、遊女から足を洗い、普通の暮らしができる!という、これからの人生を考えたなら、まあまあ悪くはない男。
ときめく恋を選んで現状に甘んじるか、面白みはないけど無難な男を選んで堅実な人生を送るのか?
理想と現実に挟まれて、選ぶに選べないままズルズルきちゃった女性の話、というふうに、私の目には見えました。
ずるいけど、気持ちはわかるよ…、八ツ橋!

男の人から見ると、コンプレックスに苛まれて、金の力で女を買うしかない次郎左衛門は、共感を誘うのか?
それとも、ただ哀れなだけなのか?
男性に次郎左衛門という男についての感想を聞いてみたい。

と、こんなに書いてきましたが、台本の上では次郎左衛門があばた面なのも、最後にあんなことになってしまうのも、すべては呪いの妖刀、籠釣瓶のせいなんです。
底知れぬ不気味な出来事が起こったのは、この刀のゆえ、という設定。
でも、現代にも通じるエッセンスを多分に含んだお話で、名作といわれるのが納得の面白さ。
今回は特に、吉右衛門さんの次郎左衛門と菊之助さんの八ツ橋の相性がよく、虚しさの漂う深〜い芝居になっていました。

★Information
東京都中央区銀座4-12-15
Tel 03-3545-6800

二月大歌舞伎
夜の部 二、籠釣瓶花街酔醒
2/2(火)〜2/26(金)