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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Musee:ボッティチェリ展 at 東京都美術館

アート
イタリア・初期ルネサンスを代表する画家、サンドロ・ボッティチェリ(1444/45〜1510年)の、日本では初めての本格的回顧展。
日伊国交樹立150周年を記念した展覧会だそうです。

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ボッティチェリといえば、なんといっても「春(プリマヴェーラ)」と「ヴィーナスの誕生」が有名ですが、残念ながらこの二作品は展覧会には来ていません。
しかし、同じ頃に描かれた「聖母子(書物の聖母)」(1482〜1483年頃)をはじめ、「ラーマ家の東方三博士の礼拝」(1475〜1476年頃)など、世界各地から集められた20点以上のボッティチェリテンペラ画を一度に観ることのできる、大変貴重な機会です。

もう展覧会の終盤にさしかかっているせいか、三連休の最終日に足を運んだところ、大変な人出でした。
入場待ちは発生していませんでしたが、会場内が広いのでどんどん人を入れてしまおうという方針らしく、中は大混雑していました。
そして、一応は係の人が「順路などは特にないので、空いているところからご覧ください」とアナウンスしていますが積極的な誘導はなく、観覧者の良識に任せている感じ。
これから足を運ばれ、最前列で作品をゆっくりじっくり観たいと思っている方は、土日であれば三時間はみておいた方がよいと思われます。
総展示数78点とそこまでボリュームのある展覧会ではありませんが、とにかく人が多いので、待ちの時間がかかります。

で、肝心の展覧会の内容はというと、とてもよかったです!
たくさんの人に揉まれながらですが辛抱強く観てまわるだけの価値はある展覧会だと思いました。

「日本初の回顧展」という名に恥じないボッティチェリ作品の充実ぶりはもちろんのこと、ボッティチェリの強力なパトロンだったメディチ家のこと、当時の絵画の制作体制について、ボッティチェリが生きていた当時のフィレンツェやイタリアの社会情勢のこと、師匠のフィリッポ・リッピと弟子でその後強力なライバルとなるフィリッピーノ・リッピの親子の作品など、ボッティチェリ作品を立体的に理解できる構成になっていました。

展覧会の構成は下記のとおり。
第2章 フィリッポ・リッピ、ボッティチェリの師
第3章 サンドロ・ボッティチェリ、人そして芸術家
第4章 フィリッピーノ・リッピ、ボッティチェリの弟子からライバルへ

章立てだけを見ても、どんな展覧会なのか、コンセプトが明確に伝わってきますね。

実は数年前、イタリア・フィレンツェに行き、ウフィツィ美術館とパラツィーナ美術館には足を運んだので、そこで観た作品たちは「また観ることができた!」という感慨はあったものの、そこまで感動はしなかったのです…。

しかし、今回初めて観た作品たちはどれも大変印象的でした。

シモンの家の宴(1470年代初頭) フィラデルフィア美術館
ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな) (1470年代初頭) フィラデルフィア美術館

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「シモンの家の宴」の構図、ダ・ヴィンチの「最期の晩餐」に似ていますよね。
画面右端にいるキリストに、キューっと視線が吸い寄せられるように計算されています。

書斎の聖アウグスティヌス(あるいは聖アウグスティヌスに訪れた幻視)(1480年頃) フィレンツェ、オニサンティ聖堂

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渋〜いおじさまの絵。
ボッティチェリといえば、優美な女性や少年のイメージが強かったので、「こんなに力強い男性も描けたんだ!」と驚きました。
人物の背景にある天球儀や図解がいっぱいの本なども、かなり細かく描き込まれています。

そして、究極の作品がこちら!
聖母子(書物の聖母)(1482〜1483年) ミラノ、ボルディ・ベッツォーリ美術館

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少し寂しげに俯く聖母を、幼児らしいふっくらした体つきの幼子イエスが見つめています。
高価な絵の具、ラピスラズリをたっぷり使って描かれた、青い衣。
マリアの頭の光輪やイエスが手にする三本の矢と荊の冠、そして聖書が置かれたクッションなどの、光を表現する繊細な金。
後ろに置かれた皿の上の果物、広げられた聖書の面、窓の外の景色まで、すみずみまで優しさに溢れた美しい一枚。
ボッティチェリの絵は、ときどきどきりとするほど病的で、冷たく感じられることがありますが、この作品はどこまでも優美。
いつまでも眺めていたい作品でした。

しかし、フィレンツェを実質的に支配していたメディチ家の力が弱まり、厳格な禁欲主義を掲げる修道士サヴォナローラが熱狂的な支持を集めるようになると、優美な線と軽やかな色遣いでうっとりするような世界を創り上げていたボッティチェリの画風が大きく変わっていきます。

聖ヒエロニムスの聖体拝領(1496〜1497年) ミラノ、個人蔵

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重たい色遣いに、硬い線。
ずっしり、もったりして見えます。
上の「書物の聖母」と比べると、"本当に同じ人の作品⁈"と思いますよね。

さらに、こちらも。
ホロフェルネスの頭部を持つユディト(1500〜1510年) アムステルダム美術館

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暗い、怖い、重たい…。
あの「プリマヴェーラ」や「ヴィーナスの誕生」の明るく軽やかな世界はどこへ行ってしまったのでしょうか?
でも、高く掲げた生首を見つめるユディトの、うっとりとした恍惚の表情は怪しく、魅惑的です。

今回出品された中では、こちらが一番遅い制作年のもの。
かつては時の権力者、メディチ家の当主ロレンツォ・イル・マニーフィコに愛され、工房を構えてたくさんの弟子とともに制作に励んでいた売れっ子画家だったボッティチェリですが、晩年はさみしくひっそりと暮らしていたそうです。
死後は忘れられた画家となり、再び光が当たったのは19世紀イギリス、ラファエル前派の画家たちがボッティチェリを評価したことがきっかけでした。

年代を追って、作品を見ていくと、ボッティチェリは時代の空気を敏感に感じて、それに反応していくタイプの画家だったのだということを感じました。

華やかで美しく、装飾的な絵を好むメディチ家をはじめとする貴族や商人たちのニーズに応えた時代は神話や聖書の世界に則った、美女や美少年たちを描き、皆がサヴォナローラを熱狂的に支持し、ストイックな時代のムードになると、重たく厳格な宗教画を描く。
この頃の画家は芸術家というよりも職人でしたから、「売れる絵=ウケる絵」を描くのが当たり前でしたし、ボッティチェリもそう思って仕事をしていた部分が大きかったのでしょう。

また面白かったのは、弟子のフィリッピーノ・リッピとの比較。
二人の画風を比較した、少し後の時代の批評家の文章が紹介されていたのですが、「ボッティチェリの絵は、とてもよく計算されている、理知的な絵。対するフィリッピーノは、優美ではあるが、感覚的に描きすぎていて、あまり巧いとはいえない」と。

たしかにボッティチェリの作品は、一見優美でふんわりした印象を受けますが、その美しい世界を支えているのは確かなデッサン力や構図の巧みさ、そして確実な筆さばき。
とても感覚に訴えてくる絵なのですが、作者自身は論理的に組み立てて冷静に描いているんですよね。
このギャップが面白い!!
展示されている資料や作品からも、知的好奇心が強く、研究熱心で頭のよい人なのだということがとても伝わってきました。

最後に、今回の展示で一番心惹かれた作品を。
女性の肖像(美しきシモネッタ)(1485〜1490年頃) フィレンツェ、パラティーナ美術館

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抑えめな色遣い。
女性の髪形や服装も比較的地味ですが、それゆえに美しさが際立って見えます。
横顔や首から肩にかけてのラインの美しいこと!

実はこの絵に向かい合うように、ボッティチェリが描いたなかで、おそらく一番有名な肖像画、丸紅株式会社所蔵の「美しきシモネッタの肖像」(1480〜1485年)が飾られていました。

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華やかですね!
どちらも、当時フィレンツェいちの美女と謳われたシモネッタをモデルにしたものと言われています。
どちらが好きかで、意見が分かれそうですね。
私は断然、地味派です。

※作品の画像は、ボッティチェリ展の公式サイトからお借りしました。

★Information
東京都台東区上野公園8-36

1/16(土)〜4/3(日)