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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

笑いを描いた能〜「三笑」

国立能楽堂 十一月 普及公演を観てきました。

狂言 二人袴(大蔵流)、能 三笑(観世流)です。

 

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※毎月美しい国能楽堂のチラシですが、今月はとくに素敵です。

紅葉柄なんですが、もみじ葉が"いかにも!"な鮮やかな紅色ではなく緑や青からのグラデーションになっていて、地紋の青海波との取り合わせも粋。

 

能楽の普及を目的とした公演なので、まずは解説から。

この日の解説はリンボウ先生、こと林望さん。

一時期はよくテレビで拝見していましたが、最近はほとんど出ていらっしゃらないですよね。

なにをされているのだろうと気になって調べてみたら、「平家物語」の現代語訳に取り組まれていたり、この日のような古典をテーマにした講演などをメインにされているようです。

能は研究したり鑑賞したりするだけでなく、観世流を習われているのだとか。

 

能「三笑」の元ネタになった漢詩などの作品を紹介しながら、詞章に描かれた世界やイメージを解説されたのですが、これがなかなか難しく…。

和漢朗詠集」や「白詩文集」など、日本の古典文学に親しんでいないと知らない固有名詞がたくさん出てきて、研究的な目線での解説。

初心者向けとしてはかなりレベルが高すぎる内容だったと思いました。

 

狂言の「二人袴」は、親子関係が描かれたお話。
幼さの残る頼りない息子が心配で、聟入りの挨拶についてきた父親
息子を送り届けて帰ろうとしたら、「ぜひ二人一緒に挨拶を」と言われるが、正装に必要な袴は一つしか持ってきていない…。


苦肉の策でなんとかその場を乗り切ろうと、協力しあう親子の姿が息ぴったりで、とても面白かったです。

どんなに大きくなっても子どもが心配でついあれこれ世話を焼いてしまう、というのは時代を経ても変わらぬ親心なんでしょうね。


能の「三笑」は、慧遠禅師(仏教)、陶淵明(儒教)、陸修静(道教)と、中国の三賢人が俗世を離れて仙境に遊ぶ、水墨画のような世界。

 

"虎渓三笑"の故事がモチーフになった作品です。

慧遠禅師は中国・廬山に籠り、修行三昧の日々を送ること三十余年。

「決してこの地を出ない」という誓いを立てています。

ある日、古い友人である陶淵明と陸修静が慧遠禅師を訪ねてやってきます。

久しぶりの再会を喜び、思う存分語らい、遊ぶ三人。

そろそろ帰らなければと帰路につく陶淵明と陸修静を見送っていった慧遠禅師。

気がつけば境界にある橋を渡って、随分遠くまで来てしまっています。

慧遠禅師が長年の禁を破ったことに気がつき、三人は顔を見合わせて「わっはっはっ」と大笑いするのでした。

 

季節は晩秋。

急峻な山の中、大きな滝がどうと音を立てながら落ちています。

枯野の中、霜焼けで赤く色づいた白菊だけが彩りを添えている、というモノクロームの世界。

そんな浮世を離れた幽玄の景色の中、お酒を飲んで、昔話に花を咲かせ、舞を舞ったりして楽しむ、仲のよいおじいちゃん三人組。

格調高い作品なのですが、三人で足並みを揃えて舞う場面など、そこはかとなくユーモラスな雰囲気が漂います。

数ある能の中で唯一、笑いがテーマになっている作品だそうで、なんともいえない独特の空気感に眠気を誘われて、ついうとうと。

すごく気持ちのよい睡眠タイムになってしまいました…。

三人がどっと大笑いする、という幕切れは、「能の笑いはそう表現するのか!?」と軽い衝撃が。

事前に知っていないと、あれは笑っている場面には見えません…。

三人の間に流れるふんわりした空気感がよく、老いたらこうありたいものだなぁと思いました。

 

★Information
国立能楽堂
国立能楽堂 | 独立行政法人 日本芸術文化振興会

国立能楽堂十一公演 普及公演
解説・能楽あんない 仙境への憧憬ー能「三笑」をめぐって
林望(作家)

狂言大蔵流】 二人袴
シテ/聟 大蔵教義
アド/舅 善竹十郎

アド/太郎冠者 大蔵基誠

アド/親 大蔵吉次郎

能【観世流】 三笑
シテ/慧遠禅師 松山隆雄
ツレ/陶淵明 会田昇

ツレ/陸修静 梅若紀彰

子方/舞童 松山絢美

アイ/廬山の者 大蔵彌太郎

笛 一噌幸弘

小鼓 幸正昭

大鼓 石井保彦

太鼓 小寺佐七

後見 角当行雄、西村高夫、松山隆之

地謡 安藤貴康、馬場正基、谷本健吾、岡田麗史、長山桂三、浅田文義、浅見慈一、小早川修