うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Livre:原民喜『夏の花・心願の国』(新潮文庫、1970年)

長患いの末、終戦の前年に亡くなった妻との日々を綴った作品群、被爆直後の広島の街と人々の様子を記録した『夏の花』三部作、そして『心願の国』や『鎮魂歌』など亡くなる直前まで執筆していた作品を収めた一冊。
編集と解説を担当しているのは大江健三郎

 

 

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

夏の花・心願の国 (新潮文庫)

 

 
どの作品にも"終末の予感"、何かが滅びに向かっていくことへの怯えや震え、そして諦めが滲んでいて、静謐でひんやりとした世界が広がっています。

 

彼の作品を読んでいると、ぺろんとビニールのようにめくれる海面、壁や皮膚に開いた穴からぞろぞろと這い出してくるアリの群れなど、ダリの絵に展開されるイメージが浮かんできます。


この世界はひと皮剥くと、奥にはとんでもないものが潜んでいるのかもしれない。
原子爆弾の閃光は、その世界の皮を剥いでしまった…。

それにしても、描かれている世界は繊細ですが、原民喜の文章は本当に美しく、そして力強いです。

僕は堪えよ、堪えてゆくことばかりに堪えよ。僕を引裂くすべてのものに、身の毛のよ立つものに、死の叫びに堪えよ。それからもっともっと堪えてゆけよ、フラフラの病いに、飢えのうめきに、魔のごとく忍びよる霧に、涙をそそのかすすべての優しげな予感に、すべての還って来ない幻たちに……。僕は堪えよ、堪えてゆくことばかりに堪えよ、最後まで堪えよ、身と自らを引裂く錯乱に、骨身を突刺す寂寥に、まさに死のごとき消滅感にも……。それからもっともっと堪えてゆけよ、一つの瞬間のなかに閃く永遠のイメージにも、雲のかなたの美しい嘆きにも……。

原民喜「鎮魂歌」より