うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

男の人の恋わずらい〜能「通小町」

国立能楽堂の企画公演「働く貴方に贈る夜7時からの能・狂言」を観てきました。
上演されたのは狂言「仏師」(和泉流)と 能「通小町」(観世流)です。

 

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狂言「仏師」は、都に仏像を求めにやってきた田舎者と、彼を騙して大金をせしめてやろうと企む詐欺師の掛け合い。

珍しく?主人と太郎冠者のやりとりではない狂言で、田舎者を騙そうとして「自分は仏師だ。要望を聞かせてくれれば、どんな仏像でも彫ってあげよう」と嘘をつき、仏像になりすます詐欺師。

田舎者に「これは嫌だ」「こんなの変だ」と言われて次々とポーズを変える、テンポの良いやりとりが面白かったです。

最後はもちろんばれてしまい、「やるまいぞ、やるまいぞ」と詐欺師が田舎者に追いかけられて幕となります。

 

このあと、装束付けの実演解説がありました。

次に上演される能「通小町」の簡単なあらすじ解説があったあと、舞台に人が出てきて、今回の「通小町」で小野小町が着る唐織を着て、鬘をつけて結い、面を付けて舞台姿が完成するまでを実際に見せてくださいます。

 

・下着の上に綿入れを着て体を膨らませている(かなりの厚みがあり、身につけたままで舞台で舞うと暑そうです…)

・能の着物の着付けは紐一本で行い、その他何箇所かを縫い付けるだけで完成させる

・唐織を身にまとうと、それだけで6〜7㎏の重さになる

・鬘は人毛のものと馬の毛のものがあり、馬の毛の方が光沢がある

・鬘はただかぶるだけでなく、結う必要がある

・面をつけるときは、まず面に一礼してから

・装束をつけるときは静寂を大切にし、必要最低限のことしか話さない

などなど、初めて知ることがたくさん。

演者に装束を着付けるのも、シテ方ワキ方などの舞台に立たれる方たちで、大切な仕事のひとつだそうです。

 

解説をしてくださった清水さんがとても話上手で、笑いも交えながら楽しく、興味深いお話を聞かせてくださいました。

 

そして休憩を挟んで、能。

「通小町」は、成仏したいと願う小野小町と、彼女に恋焦がれ、百夜通いをあとひと夜残し、想いが叶うことなく亡くなった深草少将、二人の幽霊が主役。

亡くなっても消えない恋の妄執が描かれた演目です。

 

【あらすじ】

毎日庵に木の実を届けにくる女性が誰なのか、気になった僧は直接本人に尋ねてみます。

すると、女は謎かけのような言葉を残して帰っていきます。

女性の言葉から、彼女が小野小町の幽霊だと悟った僧は、彼女を供養するために出かけます。

僧の訪れを喜び、「戒を授けて成仏させてくれ」と小町が頼むと、「決して成仏なんかさせないぞ」と、恨みを込めて深草少将の霊が現れます。

小町への恨みでいっぱいの深草少将に、僧は「貴方が小野小町のところに百夜通いしたという、その時のことを話して聞かせてください」と頼みます。

僧の頼みどおりに、百夜通いの様子を語る深草少将。

雨の日も雪の日も、笠に蓑というみすぼらしい姿で歩いて小町の家に通う日々。

ようやく想いが叶うという百夜めがやってきて、深草少将は立烏帽子に狩衣というめいいっぱいおしゃれをして、愛する小町のもとへ出かけようとします。

そのとき、祝杯をあげようとしたものの、仏に願掛けをしている身だからと、酒を飲むのをやめたことを思い出します。

そのことが救いとなって、深草少将と小野小町は二人仲良く成仏して、あの世へ旅立っていくのでした…。

 

「葵上」や「鉄輪」など女性が恋ゆえの嫉妬に狂う演目は有名なものがいくつもありますが、この「通小町」は珍しく?男性が恋に苦しむ姿が描かれたお能

深草少将の、恋わずらいでやつれていく姿が怖い…。

痩男(やせおとこ)という、げっそりとこけた面に黒い鬘。

最初に登場するときに、成仏させるものかと小町の袖をつかみ「煩悩の犬となって、打たるると離れじ」と言うのですが、あの場面は本当にぞーっとしました。

 

そして小町への想いをつのらせながら、一夜また一夜と家へ通う様子を語る場面は、だんだんと思いつめていく様が見えてとても怖いのです。

それまではゆったりしていた笛や鼓の音が、深草少将が百夜通いの様子を語りはじめると急に激しくなって、ほとばしる恋心がこちらにもびしびしと伝わってきました。
小町でなくても「そんなに想いを寄せられても、重たすぎて受け止めきれません!」と、思ってしまうほどの勢いです。

「恋は罪悪」という夏目漱石『こころ』の先生の言葉が思い出されました。
最後は二人仲良く成仏できてよかったです…。

それにしても、終わりがあっさりとしていてびっくりしたのですが、よくよく考えてみると、このお坊さん、心理カウンセラーのようですね。

本人が一番苦しく執着していることを語らせ、気持ちを爆発させることで、「あっ、そんな中でもいいことがあった!」とプラスのことに目を向けさせ、ふっと恨みの感情をとく。

深草少将が語る、念願叶って百夜がやってきたときの気持ちの高揚とともに小町と一緒に成仏していくので、「たとえかりそめでも、彼の中では想いがとげられたのかなぁ…」と見ているこちらも救われるところがあります。

二人同時に僧に向かって合掌し、前後して橋掛かりを通ってふ〜っと消えていく、とても美しい幕切れでした。

 

★Information

国立能楽堂
国立能楽堂 | 独立行政法人 日本芸術文化振興会

 

国立能楽堂 企画公演 働く貴方に贈る夜7時からの能・狂言

 

狂言和泉流】 仏師
シテ/すっぱ 小笠原匡
アド/田舎者 炭哲男

 

装束付け実演解説

清水義也(シテ方観世流)

 

能【観世流】 通小町
シテ/深草少将 山階彌右衛門

ツレ/小野小町 観世芳伸

ワキ/僧 江崎鉄次朗
笛 成田寛人
小鼓 古賀裕己
大鼓 河村大
後見 関根知孝、植田公威
地謡 阪口貴信、木原康之、木月宣行、津田和忠、清水義也、岡久広、角幸二郎、下平克宏