うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

文楽の人形遣い、吉田文雀さん引退

先週、3月10日(木)に、独立行政法人 日本文化振興会からひっそりとお知らせが出ていました。
吉田文雀さん、引退発表。
これまで、体調不良による休演が続いていましたが、やはりそういう決断をされたのですね…。
引退公演は行わないそうです。

昨年2015年の二月公演で、「関寺小町」で文雀さんの小野小町が久しぶりに観られるのを楽しみにしていたところ、体調不良による休演で…。
ここ何年か文楽を観ずに過ごしていたので、最後に観た文雀さんのお役が思い出せません。
ああ、痛恨の極み!

「卅三間堂棟木由来」のお柳さん(柳の木なんだけど、自分を助けてくれた平太郎恋しさに人間の女性になって彼の妻になり、子どもまで設ける、という役どころ)
「関寺小町」の小野小町(かつて、公達たちを虜にした美貌も衰えて、今は杖がないと歩けないよぼよぼのおばあさんになっていて、昔の華やかな恋愛を懐かしく思い出す、というお話)
など、文雀さんのお人形はちょっと普通の人ではない役を遣うときのほうがその魅力が引き立っていたように思います。
古式ゆかしいというか、"幽玄美"という言葉がぴったりの、枯れた味わいがあるんですよね。
「まるで人間みたい!」というようなリアリティのある生き生きとした動きというより、あえての人形っぽさを極めたうえに、何かが乗り移ってしまったような、そんな凄さを感じることがありました。

また、きりっとした品のある年嵩の女性の役も素敵で…。
「妹背山婦女庭訓」の定高は、女ながらに家を守っている、一本筋の通った、品のある武家のご婦人ぶりが印象に残っています。

引退にあたっては「何よりも好きなただ一つの道を七十年に渡って勤められましたことは、幸福以外の何物でもございません」とコメントを残されたとのこと。
この道、七十年かぁ…。
その間、幾度となく文楽が存続の危機にさらされてきていることを考えると、なかなか深い言葉です。
これまで、磨き抜いてきた芸で数々の心揺さぶる舞台を観せてくださった文雀さん。
本当にお疲れ様でした。
これからの人生も、文雀さんにとって幸多いものでありますように。

来月、国立文楽劇場で行われる4月公演は「妹背山婦女庭訓」の通し。
文雀さんが定高を遣っていらっしゃるお写真がチラシに使われています。

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定高の娘・雛鳥を遣うのは、蓑助さん。
人間国宝人形遣いが並ぶ、超豪華キャスト!!
いつの公演のものなのでしょう?

私が文雀さんの定高を見たときは、雛鳥は勘十郎さんで、大夫は定高が綱大夫さん、雛鳥が呂勢大夫さん。
対する背山は、大判事清澄が初代・玉男さん、久我之助に和生さん、大夫は大判事清澄に住大夫さん、久我之助が千歳大夫さんでした。
対立する大判事清澄と定高は、大夫、人形遣い共に人間国宝
今では考えられないくらい、豪華な布陣!!
それでも後半のお三輪に蓑助さん、鱶七に玉女さん(現・玉男さん)がいて、杉酒屋の段は嶋大夫さんが語るという層の厚さでした。
どんどん名人がいなくなり、今回の文雀さん引退で、また淋しくなります…。