うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Musee:ヘレン・シャルフベックー魂のまなざし at 神奈川県立近代美術館 葉山

神奈川県立近代美術館 葉山館で開催中の、フィンランドの女性画家、ヘレン・シャルフベックの回顧展を観てきました。

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昨年2015年6月に東京・上野の東京藝術大学大学美術館ではじまり、その後、宮城、広島と巡回し、ここ神奈川・葉山が最後の会場です。

ヘレン・シャルフベックという画家自体、この展覧会ではじめて知ったのですが、1862年に生まれ、1946年に亡くなったフィンランドを代表する画家です。
2012年には生誕150年を記念して、フィンランド国立アテネウム美術館で大回顧展が開かれたのをはじめ、近年注目が高まっているとのこと。

まずはヘレン・シャルフベックの生い立ちをご紹介します。
3歳の時に階段から落ちて腰骨を折るという事故に遭い、その後遺症から生涯杖なしでは歩けなくなってしまいます。
歩行に難があるため学校には通えず、家庭教師に勉強を教えてもらいます。
このときの家庭教師に素描の才能を見出され、11歳から画塾に通い本格的に絵を描きはじめました。
やがて、18歳のときに描いた「雪の中の負傷兵」(1880年)で賞をとり、奨学金を得てパリに留学します。
パリでは、マネ、セザンヌピカソ、ホイッスラーなど、当時最前線で活躍していた画家の作品に触れるとともに、ルーブル美術館で古典の模写をするなどして、あらゆる技法を吸収します。
パリから帰ると、フィンランド芸術協会の要請を受け、10年ほど、ウィーン、サンクトペテルブルクフィレンツェを旅し古典絵画を模写して過ごします。
それからは母と二人で暮らし、絵の教師として後進を指導しつつ、絵を描く日々。
ただ仕事をしながらでは、絵を描く時間が思うように作れなかったようで、数年でその生活を終え、40歳を過ぎてヘルシンキ郊外のヒュヴィンガーという街に移り住み、それから20年ほど絵画制作に打ち込みます。
母親が亡くなると、フィンランド南部のリゾート地タンミサーリへ引っ越し、創作活動を続けます。
最後はストックホルム郊外の療養ホテルの一室で、83歳で亡くなりました。

彼女は生涯独身でしたが、2度大失恋を経験しています。
1度目はパリ留学中のこと。
ブルターニュ地方のポンタヴェンに滞在していたときにイギリス人画家と恋に落ち、婚約します。
しかし、フィンランドに戻って数年後、たった一通の手紙で一方的に婚約を破棄されてしまいます。
この婚約者が誰だったのか、婚約破棄の理由はなんだったのか、などといった詳しいことは、彼女が友人たちに彼の名前の入った手紙は全部処分するよう頼んだため、わかっていないそうです。
お友達、優しくて義理堅い! 

二度目はヘルシンキ郊外のヒュヴィンガーに住んでいるとき。
ファンだといって訪ねてきた森林保護官で画家のエイナル・ロイターに、恋心を抱きます。
このとき、シャルフベックは50歳過ぎ。
ロイターは19歳年下でした。
しかし、恋心は一方的なもので、ロイターは別の若い女性と婚約してしまうのでした。

と、長々と彼女の生涯について書いてきたのは、彼女の絵は彼女が人生で経験したすべてを反映しているんですよね。
とても人生の歩みと切り離すことができない、極めて私的なものをたっぷりと内包した絵なのです。

展覧会の構成も、彼女の生涯に沿ったものになっていました。
1.初期:ヘルシンキーパリ
2.フランス美術の影響と消化
3.肖像画と自画像
4.自作の再解釈とエル・グレコの発見
5.死に向かって:自画像と静物画

展示は11歳のときの頭蓋骨と林檎を描いた「静物」からはじまるのですが、リアリズムに徹底したこの作品からしてすでにものすごく上手く、すば抜けた才能を感じます。

その後、奨学金を経てパリへ留学した後は、印象派セザンヌピカソ、ホイッスラーなど、さまざまな画家の技法を取り入れ、なおかつすべて自分のものにし、シャルフベックならではの絵として昇華させています。

描く年代によって、また題材によって、常に新しい技法を試しているので、どんどん画風が変わり、ひとところに留まることはありません。

が、すべて作品は彼女が人生で経験した出来事と密接に結びついています。

たとえば、代表作のひとつ「快復期」(1888年)。
椅子に座った病み上がりの少女が、ぼんやりとした目つきで、目の前のテーブルの上に置かれた花瓶に生けてある新芽が出はじめた枝を見ています。
これは、パリ留学中に婚約したフィアンセに突然婚約を破棄された痛手から回復しつつある自分の姿を、少女に託して描いたといわれています。

また、二度目の失恋の際には、絶望したようにがっくりとうなだれるロマの女性を描き(「ロマの女」1919年)、さらに自画像を描くものの、自分の顔の部分をパレットで何度も傷つけて、未完成のまま放棄。(「未完成の自画像」1921年)
その表に別の絵「働きに行く工女たち」(1921〜1922年)を描いています。

こういったエピソードを紹介すると、絵もさぞかしエネルギッシュで個性的なのかと思われるでしょう。
しかし、展覧会のタイトルに"魂のまなざし"とあるように、彼女の絵はあくまでも内面にぐっと入り込むような、品のある静かで穏やかな絵です。
以前、2008年に国立西洋美術館で回顧展があり、大きな話題になったデンマークの画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイに通ずるものがあると感じます。
光の描写や色遣いなど、とても繊細で、こうした感覚は北欧の人特有の美意識なのかな、と思いました。

どの絵もそれぞれ魅力的でしたが、最後のパート、療養ホテルに移ってから描いた何枚かの自画像が圧巻でした。
年老いて痩せこけた自分の顔を描いているのですが、幽霊や骸骨のようにおぼろげでたよりない像。
描くことが人生そのものだった彼女を象徴するような絵です。

日本ではほとんど知られていない画家なので、先入観なくフラットな気持ちで絵を観るというのも、随分久しぶりの新鮮な体験でした。
「とにかく、すごいものを観たな〜」と思えた展覧会で、おすすめです。

神奈川県立近代美術館 葉山館は、海をのぞむ絶好のロケーションで、素晴らしい景色も楽しめますよ!
私が訪問した日は曇り空でしたが、それはそれで雰囲気があって素敵でした。

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回顧展に合わせて、画集が発売されています。

ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし

ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし

★Information
神奈川県三浦郡葉山町一色2280-1

ヘレン・シャルフベック 魂のまなざし
1/10(日)〜3/27(日)