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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Cinema:放浪の画家ピロスマニ at 岩波ホール

国民的画家ニコ・ピロスマニをテーマに制作された1969年のグルジア(ジョージア)映画です。
もともとロシア語版が随分前に日本でも公開されているのですが、今回、オリジナルのグルジア(ジョージア)語版がデジタルリマスターで美しく蘇ったのを記念しての劇場公開。

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単なる伝記映画ではなく、ピロスマニの人生の断片が、まるで彼の作品そのもののような色彩、構図で幻想的に映像化されています。

鉄道員として働いて得たお金を貯めて、それを資金として友人を誘って一緒に乳製品を売る店を開く。
お店は繁盛するが、友人と仲違い。
姉が押し付けてくる見合い話にうんざりし、お店をたたみ家を飛び出して、絵を描いて稼いだお金でその日暮らし、という流浪の生活へ。
「絵を描きたい」という自分の心に従っていたら、どこにも定まることができず、根無し草としてどこへともなく流れていく日々が待っていた。
ただただ絵を描くことしかできない、不器用な男の生き様です。

要所要所で流れるグルジア(ジョージア)音楽とともに、なんともいえない心地よい空気感で、ものすごい睡魔に襲われ、半ば夢の中で鑑賞。

前に観た時も眠気に襲われて、今回はリベンジ鑑賞だったのに、まったく同じ結果に…。
きっと、ある意味でとても波長の合う映画なんだと思います。

面白いもので、途中「はっ」と目が覚めたのは前回と同じ場面。
台詞や構図に見覚えがあって、「ああ、これは観たな」と思うシーンばかり。

とくに印象に残っているのは、酒場で一杯の酒を前にして「ぐっと一気に飲み干すべきか、それともちびりちびりと少しずつ飲むべきか」と悩むピロスマニに、酒場の亭主が「ぐだぐた悩まずに、周りとペースを合わせることが大事だ」という場面。
それに対してピロスマニは「そうしようと努力しているけれど、人生の方で俺を飲みあぐねているんだ」と返します。
彼の、どこにも辿り着けない孤独感が滲み出ているようで、心に残りました。

なにかを象徴しているらしいことはわかるのですが、そのモチーフの意味そのものがわからないので、理解できない場面がたくさんありました。
この映画はグルジア(ジョージア)がソビエト連邦の一部だったときに作られたものなので、一見してそれとはわからないけれど、「グルジア万歳、ソ連はあっちへ行け!」という暗喩が散りばめられているのかもしれません。

ピロスマニ関連の本がいくつか出ているので、機会があったら、読んでみたいと思っています。
映画の謎だった場面の意味が、理解できるかもしれません。

ニコ・ピロスマニの画集。

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918


はらだたけひでさんによる伝記。

放浪の聖画家ピロスマニ(集英社新書ヴィジュアル版)

放浪の聖画家ピロスマニ(集英社新書ヴィジュアル版)

放浪の画家 ニコ・ピロスマニ

放浪の画家 ニコ・ピロスマニ


★Information
放浪の画家ピロスマニ
監督:ギオルギ・シェンゲラヤ
(1969年、グルジア(ジョージア))