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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Livre:小熊英二『生きて帰ってきた男ーある日本兵の戦争と戦後』(岩波新書、2015年)

日本近現代史の研究者として、ユニークな視点や切り口で真摯な研究を続けている小熊英二さんの最新の著書。

今回、この本を読んで初めて知ったのですが、小熊さんのお父様、小熊謙二さんはシベリア抑留者だったんですね。
そのお父様の人生を、戦争体験のみならず、生い立ちや幼少期、戦後の生活まで全体を聞き書きしてまとめた本です。

時系列順に、9章で構成されています。

第一章 入営まで
第二章 収容所へ
第三章 シベリア
第四章 民主運動
第五章 流転生活
第六章 結核療養所
第七章 高度経済成長
第八章 戦争の記憶
第九章 戦後補償裁判

小熊さんがあとがきにも書いていますが、お父様はいろんなことをとてもしっかりと記憶していて、その観察眼と状況を冷静に見極める分析力に驚きます。
しかも決して自己都合で記憶を上書きしたり脚色したりすることなく、率直に語る誠実な話し手であることが伝わってきます。
聞き書きする相手としてはこれ以上ない資質を備えた、理想的な方です。
だからこそ、お父様の人生を書き留め、世の中の流れを示す資料を交えて、昭和を生きた市井の一市民の歴史としてまとめようとされたのでしょうね。

著者の狙いどおり、一個人の人生の軌跡という、極めて固有のものでありながら、なおかつ歴史の流れや社会の大きな動きを俯瞰することもできるという、まさに「生きられた歴史」を感じることができる一冊になっています。

どのパートもとても面白かったのですが、私の母方の祖父もシベリア抑留者ということもあり、シベリア抑留の期間が書かれた章は、特に興味深く読みました。

本の帯にも引用されていましたが、全編通じて最後に書かれた部分がとても印象深く、心に残りました。
さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである。
「希望だ。それがあれば、人間は生きていける。」
そう謙二は答えた。(P378)

この本の語り手、小熊謙二さんはシベリア抑留や結核療養所など、かなり過酷な状況を経験し、生き抜いてきた方。
昭和史や戦争体験というと、暗く重くなりがちですが、しぶとくしたたかに生きてきた人の強さに打たれ、読後は不思議とさわやかで前向きな気持ちになりました。