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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

国立劇場 九月文楽公演 第二部「妹背山婦女庭訓」

文楽を観るのがはじめて」という友達を連れて、観に行ってきました。

飛鳥時代藤原鎌足蘇我入鹿を討って政治改革をした大化改新を題材にした時代物。
今回は、物語の後半、求馬(実は藤原鎌足の息子・淡海)をめぐる、杉酒屋の娘お三輪と入鹿の妹・橘姫、娘二人の恋を中心に、蘇我入鹿が討たれるまでを、通しの上演です。

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【人形役割】※主要人物のみ
丁稚子太郎…吉田蓑一郎
求馬 実は藤原淡海…吉田玉男
橘姫…吉田和生
お三輪…桐竹勘十郎
蘇我入鹿…吉田玉輝
漁師鱶七 実は金輪五郎…吉田玉也

⚫︎井戸替の段
香大
清友

長屋で使っている共同の井戸の底をさらって掃除する井戸替の日。
威勢のいい掛け声とともに男性たちが綱を引くところにはじまり、井戸替が無事済んだことを祝って、お酒を飲んでみんなで踊ったりしてワイワイ騒ぐなど、終始江戸の庶民の暮らしを彷彿とさせる活気ある場面です。
久しぶりに上演される段だそうで、私も「妹背山婦女庭訓」後半の通しは何度か見ていますが初見です。

ここで、お三輪は七夕の祭りのために寺子屋に行っていて不在だが、なにやら想う人があるらしく、三輪明神を祭る神棚のところに七夕の飾り物をして神妙な面持ちで願をかけていた、ということが語られます。

物語の舞台は飛鳥時代なはずなのに、寺子屋など江戸時代の風俗が登場し、時代考証がめちゃくちゃ(このあと登場する内裏や貴族の服装なども同じく)なのは、おおらかな時代のご愛嬌ということで。

⚫︎杉酒屋の段
咲甫大夫
団七

杉酒屋の隣に住む烏帽子折・求馬のもとに、美しい女性がやってきます。
それを見ていた杉酒屋の丁稚・子太郎は、寺子屋から帰ってきたお三輪に告げ口します。
恋仲にある求馬に常日頃から熱い想いを寄せるお三輪はその話を聞いて、求馬を問いただします。
あれこれ苦しい言い訳を重ねる求馬。
そんな求馬に、七夕に飾る苧環(おだまき)に誓って、二人の仲がずっと続きますようにと語るお三輪。
寺子屋で七夕についてこう習ったんだけど、あなたも知ってるわよね」と言葉を尽くし、習いたての知識を総動員して求馬に想いの丈をぶつけるお三輪が健気で可愛いです。
そこへ橘姫が現れ、三人で言い争うところに、求馬がお尋ね者と知ったお三輪の母親が、彼を捕まえようと場に乱入。
驚いて逃げる橘姫の衣の裾に、求馬は赤い苧環の糸を結びつけて、糸をたよりに後を追いかける。
その求馬の衣の裾に、お三輪が白い苧環の糸を結びつけて、同じように後を追っていきます。

テンポよく物語を展開する咲甫大夫の明快な語りと、勘十郎さんが遣うお三輪の可憐さが印象に残りました。

⚫︎道行恋苧環
お三輪 呂勢大夫
橘姫 芳穂大夫
求馬 靖大夫
小住大夫
亘大夫
清治
龍爾
清公
清允

逃げる橘姫、追う求馬、さらにその求馬を追いかけるお三輪、三人の道行の場面。
普通、道行というと想い合う男女二人の場面なのですが、ここでは色男・求馬をめぐる三角関係。
「主ある人をば大胆な、断りなしにほれるとは、どんな本にもありゃせまい、女庭訓しつけかた、ようにやしゃんせ、エエ、たしなみなされ女中様」(もともと恋仲だった求馬様と私の中に割って入るなんて、女性のたしなみについて書かれたどんな本にも書いてないわよ! よく読みなさいよ! )と怒るお三輪。
それに対して、「たらちねの許せし仲でもないからは、恋はしがちよ我が殿御」(別に両親が決めた許嫁という訳ではないなら、恋はした者勝ちよ)と返す橘姫。
お姫様、決して負けてません。

求馬を真ん中に挟んで、掛詞がいっぱいの華やかな曲にのり、踊りを交えてお三輪と橘姫の恋の争いが繰り広げられ、とても美しい場面です。

求馬が両袖をそれぞれお三輪と橘姫に引っ張られる場面では、「とってもモテる色男で、現実にはそんなことはないから、求馬を遣うのが好き」とおっしゃっていた初代玉男さんの言葉を思い出して、ちょっとしんみりしました。
ほんと、モテモテですものね、求馬。

人形は勘十郎さんのお三輪、玉男さんの求馬、和生さんの橘姫と同期三人の揃い踏み。
今考えられるベストな配役ではないでしょうか。
動きも流石に美しく、うっとり世界に浸れる〜、と思っていたら、大夫に穴が。
橘姫を語っていた芳穂大夫さん、地の科白のところはいいとして、音にのって唄う場面の音がなんか変。
声に伸びがなくて美しくないし、音が一人だけ外れているようで、彼が語るたび気持ち悪い。
で、「どんな方なのかしら?」と思って調べてみたら、経験10年ほどの若手のホープ、とのこと。
彼のこれまでの舞台、「声もよくて」と良い感想も多かったので、私の耳が悪いのかな?

⚫︎鱶七上使の段
咲寿大夫
寛太郎

文字久大夫
藤蔵

我が世の春を謳歌する入鹿。
自分が建てた豪華なお屋敷で酒宴を催しています。
そこへ藤原鎌足の使者だと言って漁師の鱶七という者がやってきて、お酒を献上します。
怪しむ入鹿は、彼を人質にしてしまいます。

傲岸不遜、冷酷で頭の切れる入鹿と、荒々しく豪気な鱶七のやりとりがそれぞれの人物像を浮かび上がらせて面白い場面。

そして、この場面の見どころ(?)の一つは、鱶七の男くささにキャーキャー盛り上がる女中たち。
かな〜りきわどいことも言っていて、男性に飢えていて欲求不満なのだということがわかります。
ここがのちにお三輪を襲う悲劇の伏線になっているんですね…。

⚫︎姫戻りの段
睦大夫

お屋敷に戻る橘姫。
赤い糸を手掛かりに後を追ってきた求馬に、入鹿の妹だと、その正体がばれてしまいます。
自分に惚れている女が宿敵・入鹿の妹と知った求馬。
「自分と夫婦になりたければ、入鹿が持っている十握剣(とつかのつるぎ)を奪って持ってくるように」と言います。
橘姫は「お兄様を裏切るなんて、そんな恩知らずなことはできないわ…」とためらいながらも、結局は求馬への恋心に負けて、十握剣を奪うことを約束します。
ほんと、この求馬ってやつは。
お三輪と言い交わしているくせに、今度は橘姫にまで。
しかも、兄を裏切れとの交換条件付き。
娘二人の恋心を弄んで、罪なヤツです。
よ〜く、好意的に考えると、大半の男のように、女性に振り回されるようではまだまだ。
むしろ求馬のように、「女は使ってなんぼ」。
それくらい冷徹でないと、天下人の器ではないのかもしれません…。
でも、やっぱりヒドいわ、求馬。

和生さんの遣う橘姫。
勘十郎さんのお三輪のように感情の赴くまま、派手に動いたりせず、しっとりおっとりと、あくまでも身分の高い娘らしく品があって美しいです。
求馬への熱い恋心を語るところでも、決して品はなくさない。
玉男さんの求馬と並ぶと、服装や動き、佇まいなどから醸し出される雰囲気が合っていて、とってもお似合いのカップル。
やっぱりお三輪は身分違い、そもそもが不釣り合いな相手なのだと納得の人形遣いです。

⚫︎金殿の段
千歳大夫
富助

橘姫と求馬が交換条件はありつつも将来を約束するなか、一方のお三輪。
白糸をたよりになんとか後を追ってきたものの、途中で糸が切れて求馬を見失ってしまいます。
迷い込んだのは、入鹿の屋敷。
女中たちに求馬のことを訪ねると、「橘姫と二人で祝言を挙げるところだ」と言われます。
嫉妬に駆られて、二人のいる場所を教えてほしいと必死に頼むお三輪の様子から、姫様の恋敵だと悟った女中たち。
お三輪をからかい、できる限りの恥をかかせてなぶりものにします。
欲求不満の女中たちのストレスのはけ口にされてしまったんですね…。
この場面、かなり長く続くんですが、お三輪が可哀想で胸が痛くなります。

お三輪はさんざん馬鹿にされた挙句、「求馬の居場所を教えるわけがない。馬鹿じゃないの!」と捨て台詞をはかれ、女中たちに去って行かれてしまいます。
一人取り残され、屈辱に身を震わせるお三輪。
「エエ胴欲じゃわいの。男は取られその上にまたこの様に恥かかされ、何とこらえて居られようぞ。思えば思えばつれない男。憎いはこの家の女めに見かえられたが口惜しい」
そして、「エエ妬ましや、腹立ちや、おのれおめおめ寝さそうか」と着物の裾を噛みちぎり、髪を乱して、怒り狂って走っていきます。
そこに通りかかった鱶七に、嫉妬に狂ったお三輪が「オオそなたも邪魔しに出たのじゃな。その退きゃ」と食って掛かると、いきなり脇差を抜いてお三輪を刺す鱶七。
「そうまでしてわたしが憎いか」と嘆くお三輪に、鱶七はお三輪を刺した理由を説明します。

その訳は…
お三輪が恋い慕う求馬は、実は藤原淡海と言って、鎌足の息子。
宿敵・入鹿は、なかなか子どもができなくて困っていた蘇我蝦夷が、妻に白い牝鹿の生き血を与えて宿らせた息子で普通の人ではない。
入鹿の力を奪って殺すには、爪黒の鹿の生き血と「疑着の相」が現れた女の生き血をかけた笛を吹く必要があるのだ。
お三輪を刺したのは、そのうちの一つ、「疑着の相」のある女の生き血を手に入れるためだった。

鱶七から事実を聞かされたお三輪は「賤しいこの身が愛する人の役に立てるなら本望だ」と言って、息を引き取ります。
このお三輪の最期の場面がまた可哀想で…。
「ああ、もう目が見えなくなってきた。求馬さん、もう一度最後にお顔が拝みたい」と言って、白糸の苧環を抱きかかえて亡くなるんです。

恋する気持ちが行き過ぎて嫉妬に駆られ鬼のようになるところから、刺されて一転、今度は愛しい人のために我が身を捨てるという、究極の愛を体現して死んでいくお三輪。
恋から愛へ、鬼から仏へ、黒から白へ、ここまで劇的な変化を描いた物語もあまりないのではないかと思います。
(理由がとほほ、だったりしますけど)
このカタルシスを味わいたくて、何度も観たくなります。

そして、勘十郎さんのお三輪の可愛いこと。
はじめの出から最後まで、恋に身を焦がす乙女らしく、若々しく華やかな動き。
感情のほとばしるまま、生き生きと動いていて、橘姫や求馬と比べるととっても人間臭いです。
勘十郎さんは、普段男の人形もよく遣われているからか、ぐっと型を作るところなど、バシッと決まって迫力がありました。
これまで、お三輪は簑助さんが遣われたのしか見たことがなく、それはひたすら色っぽくて、嫉妬に狂う場面すら美しい、純な恋心の塊みたいなお三輪だったんですが、勘十郎さんのお三輪は気持ちの動きがよく見えてくる人間味あふれるお三輪でした。

⚫︎入鹿誅伐の段
鎌足 津國大夫
求馬 南都大夫
入鹿 始大夫
橘姫 芳穂大夫
玄上太郎/金輪五郎 咲寿大夫
宮越玄蕃/荒巻弥藤次 文字栄大夫
團吾

御殿で宴会中の入鹿。
妹の橘姫に舞わせています。
求馬との約束どおり、隙を見て十握剣を奪おうとする橘姫。
しかし、入鹿に気付かれて腕を切られてしまいます。
金の龍になって池の上を飛んでいく十握剣を、橘姫は池に飛び込んで泳いで追いかけていきます。
その騒ぎを合図に屋敷に乗り込む鎌足一味。
お三輪の犠牲もあって手に入れた笛を吹くと、入鹿は不思議な力を失ってふにゃふにゃに。
そこを見逃さず、入鹿の首を切り落とします。
切り落とされた首はしばらく宙を漂ったあと、ぽとりと地面に落ち、ここに邪悪な力で周囲を支配した入鹿は成敗されたのでした。

大団円。
めでたしめでたしで終わるんですが、池に飛び込んだ橘姫はどうなったの? と、彼女のその後が気になります。
国の一大事を描いた物語ですが、お三輪と橘姫、二人の恋が印象に残る演目で、個人的に大好きな作品です。
これが文楽初体験だった友達も、お三輪や橘姫に感情移入できて、とても楽しめたと言っていました。
よかった。

今回感じたのは、やっぱり文楽の舞台は大夫あってこそ。
当たり前のことなんですが、どんなに人形がよくても、大夫がダメだと面白くない。
そして、今は「この人の語りを聞きたい!」という魅力と力のある大夫さんが少ないなぁということ。
大夫の皆さん、頑張ってください!!

あと、前半で描かれる、敵対する家同士にうまれながら惹かれ合う久我之助と雛鳥の恋物語も上演してほしい!
観たのはたった一度。
物語が全編通しで上演されたときのみ。
こちらも見どころたっぷりでいい話なんですが、舞台の仕立てが独特で手が込んでいるので、力のある演者がたくさん揃っている必要があって、上演するのは難しいんでしょうね…。
いつか観たいなぁ…。

★Information
国立劇場 小劇場
東京都千代田区隼町4番1号
Tel  03-3265-7411

平成27年9月 文楽公演 第二部
妹背山婦女庭訓
9/5(土)〜9/21(月)