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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

Cinema:ソビブル、1943年10月14日午後4時

渋谷、シアターイメージフォーラムで、クロード・ランズマン監督の「ソビブル、1943年10月14日午後4時」を観ました。
 
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アウシュビッツ強制収容所解放から70年の今年。2月14日(土)から三週間限定で上映されている、クロード・ランズマン監督のホロコーストをテーマにした作品3本のうちのひとつです。
 
ソビブル収容所で起こったユダヤ人の武装蜂起の計画と実行について、生き残りであるイェフダ・レルネルの証言でつづるドキュメンタリー。
 
当時の記録映像などはいっさい使わず、音楽もありません。レルネルへのインタビューと、収容所への連行の過程をイメージさせる列車の線路や流れていく景色の映像を組み合わせて淡々と進んでいき、先行作である「ショア」と同じ手法がとられています。
 
「ショア」はホロコースト(大量虐殺)の全貌を、関係者の証言のみで明らかにしていくドキュメンタリー映画で、全4部、約9時間半に及ぶ大作です。
 
映画ではレルネルがソビエト連邦にある収容所にいたこと、脱走と捕まって連れ戻され収容されることを繰り返し、8か所もの収容所を転々とした末に、ソビブル収容所に送られたことから語りはじめられます。
 
そして、これまでの収容所とは異なり、連行の途中でソビブル収容所では人が焼き殺されていること、生きて収容所を出ることは不可能であることなどを耳にしながらも、結局機会はありながら脱走はせず、そのままソビブル収容所に収容されます。
 
実際、収容所に到着すると、噂は本当でしかもあと数か月のちには収容所が閉鎖されるかもしれない、そうしたら証拠隠滅のために自分たちは抹殺されてしまうかもしれないことを知るユダヤ人たち。
 
彼らは自分たちが生き延びるために、収容所を管轄するドイツ人将校たちを殺害し、脱走する計画を立て、実行に向けて着々と準備を進めていきます…。
 
クライマックスは、レルネル自身も計画の実行メンバーの一員として、もう一人の仲間とともにドイツ人将校二人を殺害した一部始終を語る場面。
 
レルネルは、まるで英雄的な行為を語るかのように身振り手振りを交えて少し興奮したように殺害の一部始終を語り、「息の根を止めたときには、無残に殺されていったたくさんの仲間たちの仇をようやく打つことができた、という誇らしい気持ちだった」と言います。通常であれば悪とされる殺人が、ここでは絶対的に善であり、肯定されているのです。
 
映画の冒頭で、監督ランズマン自身の言葉があり、彼はこの映画を作ったのはホロコーストにまつわるある神話、ユダヤ人は抵抗することなくただ殺されていった、ということが事実ではないことを知ってほしかったからだ、と言っています。
その言葉そのままに、証言者であり、この映画の語り手であるレルネル自身も、「おめおめと死ぬよりは、抵抗して闘って死にたかった」「収容所では、我々は人ではなく獣でもなく、クズ同然だった」「自分たちを虫けら以下の扱いするドイツ人たちに、我々も意志ある人間なのだということを思い知らせてやりたかった」など、収容所での蜂起は人間としての尊厳を守るための闘いだったと語ります。
 
たしかに、ナチス・ドイツによるホロコーストは想像を絶するほど徹底的で、残虐なものでした。現実的にあのような目に遭わされた被害者の立場から見れば、その行為を指揮しているドイツ人将校たちは殺されても当然と思える憎い敵でしょう。レルネルの感情は個人的にはとても理解できます。
 
けれども、ドイツ人を殺害したことを「誇らしいことだ」と全面的に語るレルネルに、少し違和感を覚えました。というのも、彼は殺害の場面をかなり事細かに語っているのですが、話している途中で人を殺したときの生々しい感覚が蘇ってきたのでしょう、しゃべり終えた後、涙ぐみ、ほおがぴくぴく痙攣する様子がカメラに収められています。その映像を見て、「あれはいいことだったんだ」と自分に言い聞かせてはいるものの、心の奥底には、人を殺したことへの葛藤があるのではないか、と感じたのです。あれは彼の言葉どおり、英雄的な行為をして満足した、誇らしい気持ちになったことを思い出している人の表情ではないように思いました。
 
ホロコーストそのものの問題もさることながら、そもそも歴史や過去の記憶、経験について語るとはどういうことなのか。戦争をテーマにした作品を見終わると、いつもそのことについて考えさせられます。
 
★Information
ソビブル、1943年10月14日午後4時
クロード・ランズマン監督
2001/フランス/カラー/98分