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うたかた日記

流れていく日々の中で感じるよしなしごとを綴ります。

国立劇場 二月文楽公演第二部「花競四季寿」「天網島時雨炬燵」を観てきました

文楽(人形浄瑠璃)を観るのが初めて、という友人を誘って、国立劇場の二月文楽公演の第二部を鑑賞してきました。
 
最後に観たのがいつか、思い出せないくらい久しぶりの文楽。演目は二つ。
●花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)
→春夏秋冬をそれぞれモチーフにした四つの舞踊作品です。
 
春…新年を寿ぐ太夫と才蔵の「万才」
新年にふさわしく軽やかに、男性二人が美しく舞います。
 
夏…海女が浜辺で恋を歌う「海女」
うまくいかない恋を嘆く海女。
そこに岩陰から大きな蛸が登場して海女にちょっかいを出します。
海女は蛸に見向きもせず籠に入っていた貝を投げつけたりするのですが、蛸は猛烈アプローチ。
この蛸、ぬいぐるみみたいな見た目と仕草がすごく可愛いのです。
最後は海女を追いかけて二人とも袖に入って幕。
 
「海女」を見るのは二回目なんですが、シュールな展開。
なぜ蛸が登場するのかは不明です…。
 
秋…秋の野原で年老いた小野小町が昔を恋慕う「関寺小町」
 
配役表が公表されたときは、人間国宝吉田文雀さんがキャスティングされていて、とても楽しみにしていた演目のひとつ。
幽玄美という言葉がぴったりな、彼の枯れた味わいのある人形の動きに、若くて華やかだった昔の日々を懐かしむ、今はすっかり老いてさらばえた小野小町がぴったりとはまって、それはそれは素晴らしいのです。
 
しかし、残念ながら文雀さんは病気療養のため休演。
代役を吉田和生さんが務めていました。
和生さんは、私の印象だと本当に素直に人形を遣う方だなあと。
変なクセがなくさらっとしているので、お姫様でも町娘でも、若い男性でもどんな役もそつなくはまる印象。
ただ、「これ!」という際立った個性がないので、この役を和生さんで観たいなぁというのがないのです。
実際、舞台も文雀さんの印象が強すぎて、それには遠く及ばないものでした。
そもそも、この動きの少ない地味な演目を印象深いものにするというのは、かなりの経験をつまないとできないことなのでしょう。
和生さんの今後に期待です。
 
冬…春を待つ鷺の化身が舞う「鷺娘」
 
見せ場でははらはらと雪が舞い、美しい演目です。
両手に持った二本の傘をくるくる回したり、傘を使った激しい動きのある舞踊。
演じる人形遣いの三人はさぞかし大変だろうなと思いますが、とても楽しめました。
 
●天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ) 紙屋内の段
近松門左衛門の『心中天網島』の改作。紙屋治兵衛という主人公が、妻子がいるのに遊女・小春と深い仲になり、親戚一同を巻き込んでああだこうだすったもんだの挙句、「なんとか二人を心中させないようにしよう」というみんなの善意が空回り、治兵衛と小春は心中してしまうという世話物。
 
このお話、主人公・治兵衛の妻おさんがよくできた奥さんなんです!
夫がかなり思いつめていて今にも自殺してしまいそうなのを心配して、小春に「お願いだからうちの旦那と縁を切ってくれ」とこっそり手紙を書いてお願いします。
その手紙を受け取った小春もおさんの気持ちをくんで「身を引きます」と約束し、かねてから自分のことを気に入ってくれていた太兵衛という客に身請けされる話を承諾します。しかし、本当はそうすることで表向き治兵衛とは縁を切ったふりをして、身請けされたらすぐに自殺しようと考えていました。
「小春にまんまと騙されていた。あんな女を愛していたなんて俺が馬鹿だった…」と小春の身請け話をする治兵衛に、「実は…」と自分が縁を切ってほしいと頼んだこと、でも小春の性格を考えるとそのまま身請けされるはずがない、きっとその後死んでしまうつもりなのだろう、それを知ってしまったら、死なせるわけにはいかない、お金は工面するから小春を身請けして命を助けてほしいと、夫に懇願するのです。
 
で、今回の公演ポスターの場面になります。
それがこちら。
 
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おさんが、夫が遊女・小春を身請けするお金を工面するために自分や子どもの着物、さらには髪に挿していた簪までもを抜き、質に入れようと風呂敷に包む場面です。
 
幼い二人の子どももいるのに、この三年というもの仕事も家庭もかえりみず、ほかの女との恋に夢中だった夫、そしてその相手の女性に対して、こんなことができますか?
いやあ、私は無理!
おさんは「これは女同士の義理が立たない」って言っているんですけどね。そもそも、夫の心を盗んだ憎い女じゃないですか。
おさんがなぜここまで夫の治兵衛と遊女の小春に尽くすのか、正直理解ができません。
 
太宰治のなにかの作品に、「女房の懐には鬼が住むか蛇が住むか」というフレーズが出てくるものがありましたが、これは『心中天網島』で女房・おさんが夫・治兵衛のここ三年のつれなさを嘆く台詞から来ていたのですね。(タイトルもそのまま『おさん』だったような気がするのですが…)
 
中は豊竹咲甫太夫、切を豊竹嶋太夫、奥が豊竹英太夫。
人形は、紙屋治兵衛を吉田玉女さん、女房おさんを吉田和生さん、遊女・紀の国屋小春を吉田蓑助さんが。
 
親戚一同を巻き込んで、生きるの死ぬのの真剣な話の中に、坊主姿で念仏まじりの歌を歌う辻芸人や、ちょっとお馬鹿で抜けたところのある使用人・三五郎など、おかしみを加える人物も登場し、太夫の語りの面白さがたっぷり味わえました。
とくに咲甫太夫は、私が文楽を見はじめた10数年前には「期待の若手」といった立場だったのですが、今や「頼れる中堅どころ」ですね。素晴らしい語りで心をつかまれました。
 
文楽では、一人の人形を三人で動かし、語り手である太夫と、音楽や効果音担当の三味線、この三つが息を合わせてひとつの舞台を創り上げていきます。
 
話が進み、舞台が熱を帯びていくと、人形はただのモノのはずなのに、命を吹き込まれて生き生きと、ときとして生身の人間よりももっと本質的な感情を宿して、観る者に迫ってくるんです。
 
いや〜、文楽って、本当に面白い!とあらためて思いました。
 
幾度となく存続の危機にさらされているけれど、なんとか続いていってほしいものです…。