英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2016/17「アナスタシア」
英国ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台が映画館で楽しめる企画。
2016/17シーズン、バレエの第1作目「アナスタシア」を観てきました。
ケネス・マクミラン振付。
自分はロシア・ロマノフ王朝、最後の皇帝ニコライ2世の末娘アナスタシアだと主張するアナ・アンダーソンを描いた作品です。
良くも悪くもマクミランらしい、人間の内面にぐっと入り込むどろどろ重厚なバレエ。
第1幕、第2幕はロシア帝政時代の宮廷が舞台。
皇女として何不自由なく幸せに暮らしていた時代のアナスタシアの姿が描かれます。
音楽はチャイコフスキー、振付もクラシックな技法をふんだんに盛り込んだ優雅な雰囲気です。
第3幕では一転して、舞台は精神病院。
「私は皇女アナスタシアのはず…」自らのアイデンティティに悩むアナ。
電子音と人が会話している音声からはじまり、振付もきわめて現代的でコンテンポラリーダンスのよう。
記憶やアイデンティティ、喪失という作品のテーマがぎゅっと詰まった、精神病院を舞台に繰り広げられる第3幕が圧巻でした。
1971年の作品ですが、今見ても全然古く感じません。
振付も音楽も抽象度が高く、見る人によってさまざまなことを考えたり、感じたりできるような幅の広さを感じます。
その分、第1幕と第2幕が退屈で、とってつけた感がありました。
実際、このバレエはもともと第3幕のみが先に作られて上演され、その後第1幕第2幕を加えて全幕もののバレエとしてあらためて発表されたそうです。
英国ロイヤル・バレエ団はいろんな人種のダンサーがいるので、見た目や踊り、キャラスターもいろんなタイプの人がいて面白いですね。
その分、統一感がなく、バラついているともいえますが、公演ごとに役に合うダンサーを当てられるのも、ダンサーに多様性があるからこそ。
不気味な雰囲気で皇帝一家を陰で牛耳っているラスプーチン(ディアゴ・ソアレス)、第2幕の舞踏会の場面でダンサーとして登場し華を添えるマチルダ・クシシェンスカヤ(マリアネラ・ヌニェス)など、要所要所にぴったりのソリストが配置された豪華なキャストで、全編とおして見所がたくさんありました。
しかし、なんといっても主役のアナスタシア/アナのナタリア・オシポワが素晴らしかった!!
とくに3幕、「自分」という存在が崩れかけて、精神が不安定になっている状態を身体全体で表現する踊りが真に迫っていました。
彼女のずば抜けた身体能力が生かされていて、とてもはまっていると思います。
彼女は強靭な足の持ち主としても有名ですが、甲からつま先にかけてのラインが本当に美しいですね。
足先が映るたび、見とれてしまいました。
ちょっと歪んだ世界を表現した舞台装置、あの時代の貴族ならではの雰囲気たっぷりのクラシックで上品な衣裳など、細部も凝っていて素敵だったことを記しておきます。
★Information
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2016/17
「アナスタシア」
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ピョートル・チャイコフスキー&ボフスラフ・マルティヌー
【指揮】サイモン・ヒューエット
【出演】アナスタシア/アナ・アンダーソン:ナタリア・オシポワ
マチルダ・クシシェンスカヤ:マリアネラ・ヌニェス
Cinema:「男と女 デジタル・リマスター版」
製作50周年を記念して、デジタル・リマスター版として美しく蘇った名作を映画館の大きなスクリーンで堪能してきました。
制作されてから50年の月日が流れているとは思えません。
♪ダバダバダ〜♪の音楽をはじめ、カラーとモノクロを使い分けた映像や斬新なモンタージュ。
主役二人のファッションなど、今観てもおしゃれで素敵。
"女"のアヌーク・エーメの大人ならではの可愛らしさ。
"男"のジャン=ルイ・トランティニャンの渋くてチャーミングな佇まい。
小さな子どもがいる親の顔も見せながら、さらっと大人の恋を描いているあたり、さすがフランス。
"amour"の国の映画を観た後は、さくっと恋ができそうな気分になりますね。
併映の、夜明けのパリをフェラーリで疾走する様子をワンテイクで撮った8分48秒のドキュメンタリー「ランデヴー デジタル・リマスター版」(1976年)も、すんごくかっこよかったです。
★Information
「男と女 デジタル・リマスター版」
監督:クロード・ルルーシュ
1966年、フランス
Musee:「岩佐又兵衛と源氏絵 《古典》への挑戦」 at 出光美術館
さまざまな時代の画家が画題として取り組んだ『源氏物語』。
岩佐又兵衛が手がけた源氏絵を、土佐派によるやまと絵、俵屋宗達や菱川師宣などの源氏絵もあわせて展示することで、又兵衛の源氏絵ならではの工夫、独自性を明らかにしようという展覧会。
今、気になる人のひとり、岩佐又兵衛。
作品数は少ないながらも、源氏絵だけではなく、三十六歌仙図や瀟湘八景図巻など、出光美術館所蔵のいろんなタイプの作品を観ることができました。
岩佐又兵衛というと、「山中常盤物語絵巻」の血みどろの場面の印象が強くて、"奇想の画家"というイメージがあったのですが、いい意味で普通の、創造性に富んだ腕のある絵師なんですね。
何をどんなふうに描いてもうまいし、ドラマが生まれる瞬間をぱっと切り取るセンスを感じます。
今回の展覧会のメインビジュアルに使われている「源氏物語 野々宮図」も、別れの場面そのものではなく、枯れゆく秋の野に佇む光源氏と従者を描き、別れを濃密に感じさせる物悲しい絵。
とても素敵でした。
★Information
東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階
岩佐又兵衛と源氏絵 《古典》への挑戦
1/8(日)〜2/5(日)
Musee:「日本の伝統芸能展」 at 三井記念美術館
国立劇場開場50周年を記念した特別展。
「雅楽」「能楽」「歌舞伎」「文楽」「演芸」「琉球芸能・民俗芸能」の6つのジャンルに分けて、楽器や衣装、浮世絵など、伝統芸能にまつわる美術品が展示されています。
三井家が金剛流の宗家から譲り受けたという室町時代の能面4つ、とくに女の面「孫次郎(オモカゲ)」が素晴らしかったです。
孫次郎という能楽師が、早くして亡くなった妻を思って作った能面だといういわれがあり、そこから"オモカゲ"と呼ばれているそう。
観る角度によって、いくつも表情が浮かび上がってきて、なんとも言えない雰囲気をまとった面でした。
そのほか、歌舞伎小屋の楽屋の様子を描いた錦絵(初代歌川国貞「楽屋錦絵」。立廻りの練習や踊りの稽古をしたり、舞台に上がるための身支度をしていたり、舞台裏の様子が伺えて楽しい)や、昭和の名優たちが実際身につけた歌舞伎の衣裳(とっても凝った装飾が施され、豪華で美しい)、大江巳之助作の文楽人形の首など、興味深いものばかり。
間近で見た文楽人形の大きさにあらためて驚きました。
マネキンが三人遣いを再現している展示もあり、足遣いの人の不自然なきつい体勢をはじめ、人形遣いの方の苦労がしのばれて、普段何気なく観ている舞台の裏の過酷さをしみじみと感じます。
それにしても衣裳をはじめ、伝統芸能で使われるものたちはなんと美しいのでしょうか。
少しずつ時代に合わせて変わりつつも、現代まで継承されているからこそ、演じる技はもちろん、こういったものを制作したり、修繕したりする技も残っているわけで、受け継いでいくって凄いなぁと思いました。
昔の人の思いに触れる貴重な遺産でもあるので、文楽や歌舞伎、能楽の一ファンとして、これからも長く続いていってほしいと願っています。
★Information
日本の伝統芸能展
2016年11/26(土)〜2017年1/28(土)
Livre:池上彰/佐藤優『僕らが毎日やっている最強の読み方』(東洋経済新報社、2017年)
2017年は勉強する年にしたいなぁとぼんやり考えていて、インパクトのある装丁が目についたこちらの一冊を手にとってみました。
僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意
- 作者: 池上彰,佐藤優
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2016/12/16
- メディア: 単行本
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「知」を武器にして活躍するお二人が、最大限のアウトプットをするための、インプットの工夫の数々をテーマに対談したものをまとめた一冊。
意外と普通、というか、やはり基本に忠実。
ただ、それにかける時間や労力が尋常ではないレベル。
お二人のような立場になってもなお、絶えず貪欲に学び続ける姿勢に、敬服の念を抱かずにはいられません。
そして、「自分も!」とすごく勉強したくなりました。
第1章の「僕らの新聞の読み方」が、"やっぱり基本は新聞なんだ"と納得でしたし、お二人のテーマへのアンテナの立て方や日々の情報収集のやり方のエッセンスが一番ぎゅっと詰まっていて、興味深かったです。
多様性の時代
昨日はお仕事でお世話になっている方たちとの新年会でした。
途中からなんとなく女子会っぽい雰囲気になって、そこでは忘年会に引き続き私の「結婚したい」「でも相手が見つからない」問題の相談にのってもらう流れに…。
そこで言われて目からウロコだった言葉。
私:「まわりの友人はみんな結婚したり、出産したり、次のステージに行っているのに、"相手が見つからない"っていうところでいつまでもうろうろしていて…」
少し年上の女性:「それは従来的な価値観から見ればそうだけど、今は多様化の時代じゃない? 結婚、出産、子育て…。それとは違う別の生き方をしている、別の道を歩いているっていうことでもあるよね。」
このひと言に本当に目が醒めるような思いでした!!
そうそう、別に「みんなと同じ」ではなくても、私は私の日々を一生懸命過ごしていて、それに劣等感を覚える必要はまったくもってない。
むしろ蔑んだりしたら私自身に失礼だ。
それにいつの間に、結婚→出産・子育てという人生の段階を当たり前だと思っていたんでしょうか。
そうではない生き方があっても、別にいいはず。
自分自身のことをあまり人のことを気にしない性格だと思っていたのですが、それでも「みんなと同じがいい」と心のどこかで思っていたんですね…。
そうした自分自身に気づけたのも大きな発見でした。
最近、人がかけてくれた言葉に気づかされることが本当に多くて、いろいろな方の愛を感じます。
素敵な人ばかりに囲まれた私は幸せ者だなぁと思います。
Theatre:国立能楽堂 一月定例公演 1/4
今年の芝居はじめ。
国立能楽堂 一月定例公演を観てきました。
演目は能「老松」(金春流) 紅梅天女イロエノ働キと狂言「大黒連歌」(大蔵流)です。
いつもは狂言のあとに能という順番で上演されるのですが、今日は国立能楽堂の今年初めての上演ということで奉納の意味合いもあったのか、能→狂言という順番での上演でした。
能は九州・太宰府天満宮に末社として祀られている老松の神と紅梅の木の精が現れて舞を舞い、御代を寿ぐ「老松」。
菅原道真にまつわる飛び梅伝説や、梅と松の話(梅は唐の時代、文学が盛んだった時はもっと色濃く香っていたため、文学を愛する木、"好文木"と呼ばれる。松は、秦の始皇帝が狩りの途中雨に降られ木陰で雨宿りした際、葉を広げ隙間を塞いで皇帝を雨から守った徳の高い木である。)が語られるなど、おめでたくありがたいエピソードが詰め込まれています。
「君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌をとなりて 苔のむすまで」と、現在、国歌「君が代」に使われている詞章の一部も出てきました。
かつて、江戸城で年初めの能楽は「高砂」「東北」に加えて、この「老松」が上演されていたそうです。
小書「紅梅天女イロエノ働キ」とある特別演出で、老松の神に加えて紅梅の精が出てきて舞う、とても華やかな舞台でした。
シテ(老人、老松の神)の金春安明さん(後で調べてみたら金春流の当代でした…)が深い響きのあるとてもよいお声で聞き惚れてしまいました。
とはいうものの、祝祭色の強いおめでたい演目なので、全体的にゆったりとした雰囲気で、ところどころ眠気が…。
舞台上で笛や鼓のみの演奏が続く場面が多く、舞台になにかを下ろそうとしているような、そんな印象を受けました。
狂言の「大黒連歌」は、毎年、比叡山の大黒天に詣でている男二人が、今年も参拝して連歌を奉納すると、毎年信心深く参拝してくれること、また奉納された歌の面白さを喜んで大黒天が現れ、宝物がいっぱい詰まった袋と打ち出の小槌を与え、ご機嫌で去っていくというお話。
比叡山の大黒天は、大黒天のほか、毘沙門天と弁財天が一緒になった三面六臂大黒天という大変珍しいお姿なのですが、その縁起も語られていました。
狂言としてはかなり独特の雰囲気を持った作品で、大黒様の登場や男二人に祝福を与える場面で鼓や笛、謡が入り、役者以外のそうした方々は舞台の奥で輪を作って控えています。
打ち出の小槌を持って、袋を担いだ大黒天が、本当に絵に描いたような姿で舞台に登場するので、神様が現れた瞬間を目撃しているようで、大変ありがたい気持ちになりました。
新年にふさわしいおめでたい演目を観て、ありがたい気分に。
国立能楽堂の中も、新年のお飾りが美しくしつらえられていました。
玄関のお飾り。
ロビーに飾られた鏡餅。
とても大きくて立派!!
お年賀として、能の演目をテーマにした特製カレンダーもいただきました。
たっぷり充電できたので、今日からはじまった日常を、また新たな気持ちでがんばりたいと思います。
★Information
国立能楽堂 一月定例公演 1/4
能【金春流】 老松 紅梅天女イロエノ働キ
前シテ/老人 後シテ/老松の神 金春安明
前ツレ/男 金春憲和
後ツレ/紅梅殿 本田光洋
ワキ/梅津何某 高井松男
ワキツレ/従者 則久英志
ワキツレ/従者 梅村昌功
アイ/門前の者 善竹大二郎
笛 藤田次郎
小鼓 住駒匡彦
大鼓 柿原弘和
太鼓 桜井均
後見 櫻間金記、横山紳一
※地謡は予定から変更があったため、割愛